うたた寝としての顎
CHIN AS NAP
中国の街角では、よく居眠りしている人に出会う。
暇そうにしている店舗の店先に限らず、路肩のバイクの上でアクロバティックに寝ていたり、路上に枕もなしに直に寝ている人を、街角でしばしば見かけた。人の目なんか気にせず、眠いから寝る。中国人の、その単純さ、無防備さを目撃することが、中国の街を歩く魅力のひとつだった。ファッションも独特の人が多く、人の眼を気にする様子もない。日本人の常識では考えらないような光景を、時に目の当たあたりにしたが、それは一概に文化の違いということだけではなく、中国の人々が持つ世界観によるところだったのだろう。
中国の人が人目を気にせず行動出来るのは、自分に纏わる場所が世界の中心にあり、他者が持つ世界は添え物に過ぎない、という考え方からくるのではないか、と僕は思ってきた。自己と他者、身内と他人という、ハッキリとした世界の区分がそこには存在する。中国人は他人を信用しない、と言われて来た。過去の歴史を経て、他者への不信、というのが中国社会のスタンダードだった。だから、いかに信用出来る人たちと結束するかが、中国でより良く生きていくための鍵となってきたのだ。
しかし、その様な捉え方は、Z世代と呼ばれる、外の世界を知り、過去の中国とは全く違った新しい時代を生きる若者たちには、当てはまらなくなって来ているようだ。スマホ決済の浸透によって、他者を評価する新たな基準が生まれている。スマホ登録による決済によって、個人が特定されるようになり、消費者は顧客として我が物顔で振る舞うことは許されなくなった。支払いに関してだけでなく、店員への態度や言葉遣いでさえ評価され数値化される。飲食店や店舗などから逆に評価を受けるようになり、その数値は信用度として個人を格付けするようになった。
それは消費行動だけに限らず、一般社会の他者を評価する基準の一つとなりつつなる。その評価の高さが、モラルの高さと同一視され、そのシステムが浸透することで、社会の民度を押し上げると期待されている。他者への気遣いが出来るかどうかは、社会的な地位や、年収などと共に、個人を評価する大きな基準となりつつある。
今後、人前でうたた寝が出来る人々は、中国の街角から消えていくのだろう。人目を気にした『うたた寝』では、決して顎は上がらない。人前で顎を中空に突き上げて、居眠りしたりするのは、日本人である僕らにはなかなか出来る事ではない。居眠りの際の顎の高さは、人間の度量の大きさを測る、中国社会の前時代的な尺度だったのかもしれない。そんな『うたた寝』が消えた中国の街は、僕にとって、まだ魅力的だろうか。僕がうたた寝している間に、世界の景色はまた今日も移り変わっていく。
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