写真集『NEON TOUR』発売中
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LITTLE MAN BOOKS​​​​​​​
『 NEON TOUR 』 
中村治

ネオンを巡る旅は、変わりゆく街と、そこを歩く僕らの来歴をたどる、時間旅行であった。

ネオンは設置条件が良ければ、30年以上灯り続けるものもある。街を歩くと、この数日で取り付けられたネオンから、30年以上も前から街を照らし続けてきたネオンまで、いちどきに出会うことができる。そして、ネオンが設置されたお店や屋上広告には、そのネオンが取り付けられた時代や人々の感覚が盛り込まれているのを見ることができる。

2020~24年の5年間、南は那覇、北は札幌まで、僕はネオンが照らす風景を求めて日本各地の街を歩いてきた。どの街でも、多くのネオンがLEDに置き換わり、その数を減らしてきたが、ここ数年で新たなネオンも増え始めている。

撮影を続けながら、ネオンが僕たちを惹きつける理由を考えてきた。
夕暮れ時、一日の狩りを終えた祖先の人類が、峠の向こうに見えてきた我が家の囲炉裏から漏れる灯りを目にした時、湧き上がったであろう感情が、僕たちのDNAには刻まれている。そう仮定するなら、ネオンの灯りは現代人の無意識の奥底にある、アクセス不能だが確かに漂う曖昧な記憶を刺激してきたのかもしれない。

社会や時代が変転していく中、繋がりあう場を失った人々が、かりそめの囲炉裏を求めて彷徨い、自身の喪失に気づいて身震いする。だからこそ、僕らは柔らかな光を放つネオンの灯りに温もりを感じ、夜の街に引き寄せられてきたのではないだろうか。血の通った団欒の場を失いつつある僕たちに、時に太陽の光は眩しすぎる。
この旅の最終盤となった沖縄で、与那原(よなばる)のパチンコ店を見上げた時、ネオンで描かれたピエロのハンドサインに、ネオンの灯りに託された秘密が示されたような気がした。左手は親指と人差し指を突き出し、Lの字を形どり「LOVE」。右手は指を大きく広げ、僕を遮り「STOP」。ピエロが語ろうとしたのは、愛と喪失の物語なのだと、僕は妄想した。僕たちの日々から何かが失われ、帰るべき場所を見失った時、そんな時は、いつだってネオンの灯りを頼ればいい。ピエロは僕にそう言っている気がした。
夜の街を歩き、ネオンの灯りを浴びた時、どんな感情が呼び起こされるのか、街の喧騒に耳を澄ましてきた。そして、聞こえてきたのは、夜の街を歩いてきた僕たちが織り成してきた、過ぎし日々の物語の軌跡だった。
このネオンを巡る旅において、いつも思い返していた小説の一節を、これから始まる皆さんのネオンツアーへの餞(はなむけ)としたい。たとえ、かりそめの場であったとしても、ネオンが灯る夜の街が、明日へのヒントを与えてくれる日もあるはずだから。

「まるで、君のしたことがすでに十分不幸でないかのようなことを言うね!だが、悲壮ぶりや殺害はもう打ち切りにしなければいけない。いいかげんに理性に帰りたまえ!君は生きなければいけない、笑うことを学ばねばいけない。人生ののろわれたラジオ音楽を聞くことを学ばなければならない。その背後にある精神を崇めなければならない。その中のから騒ぎを笑うことを学ばなければならない。これでおしまい。これ以上君に求める事は無い」

ヘルマン・ヘッセ 『 荒野のおおかみ 』
(高橋健二/訳、新潮文庫)
〔原文は1927年発表〕
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